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日別アーカイブ: 2018年11月17日

父のブログ

75歳ですい臓がんで亡くなった最愛の父の闘病生活をブログに挙げています

毎日日記を付けていてそれをもとにブログにしているので約10か月の内容が詰まってたくさん書いてますが、病気のむごさや辛さなど本人や家族の視点から書いてます

話が分かりにくいとこがあったらすいません

病気にはできるだけならず平均寿命より健康寿命長く生きていきたいです

毎日の食生活や生活習慣を見直すきっかけになればうれしいです

是非読んでください

 

➊父のすい臓がん闘病生活2017年2月~見つかった頃の事~

私の父「ときよし」は2017年3月にすい臓がんが見つかりました

 

すい臓がんとはなかなか見つかりにくく、見つかった時には

手遅れになることも少なくない怖いガンです

もともと病気知らずな元気な人で74歳という歳でも会社に勤め現役で毎日力仕事をしたり重機を扱ったりする程でした

九州の佐賀の田舎に鍛えられて育ったせいか足腰も強く、食欲旺盛でしたし、何といっても年の割に若い!中学を出てすぐから病気が発覚するその日まで大工、建築関係の仕事に携わってきてて仕事はもちろん、家でだってとにかく時間さえあれば大工仕事・・

心から好きな事がずっとできてた事が若さの秘訣だったのかなと感じています

孫たちの自転車の不備がないかいつも気にしていて、あればすぐに直してくれたり・・要は「物作り」が好きなんでしょう

じっとしている姿なんて見た事なかったから私もときよしが病気になるなんて考えもしませんでした

子供はいつまでも親に対して「親」「元気」だと思っています

 

~見つかった頃の事~

2017年2月末 仕事でセミナーの帰り 新大阪駅で電話で病気の報告を受ける

「お父さん、大変な病気にかかったみたいなんや」って言ってた

(今でも結構頭に残ってる)

 

よくよく考えてみれば、そのちょっと前、12月初めに2人でご飯を食べに行った時「最近前ほど食欲が湧かんっちゃんね~」ってボソッと言ってた

でもその時は完食したし何も気にとめない

毎年恒例の私の友達のYちゃん家族との年末のごはん会に毎回ときよしも参加してるけど今年はいつもよりご飯やお酒が進んでなかった様な・・

でもいつも通りご機嫌に過ごしてはったからやっぱり何も気にとめなかった

 

命をおびやかす病気も最初は「たかが」こんな症状

 

私に報告するまでに病院である程度は調べがついてたみたいやったけど・・

その電話で初めて「すい臓」という場所の精密検査を受けに行くと言われました

❷父のすい臓がん闘病生活2月~初期症状から検査まで~

私の父「ときよし」は2017年3月にすい臓がんが見つかりました

ときよしが体の異変に気付きだしたのは、2016年年末頃からの「腹痛」だったそうです

それまで「食欲不振」もあったのでいつも行ってるかかりつけのお医者さんY医院に腹痛を訴えよく受診していました

病気知らずな人なんで体がちょっとでも痛かったらやっぱり不安になるんでしょう

そして今回の「腹痛」は治まる事のない痛みでした

Y医院でそれなりの診察や薬で様子を見ても腹痛は一向に治まらない・・そういう状態がしばらく続いたそうです

念のため別の病院でもCTをしてもらいましたが「特に異常なし」

最終またいつものY医院で胃カメラを飲んでみる

すると・・

まさかの胃の中に食べ物が残っている

胃カメラは前日21時以降絶食です ときよしは先生の言うことは絶対きくのでもちろん食べてません

それで先生も何かしら引っかかったのか腹部エコーをして下さって

「《すい臓》が少し気になる・・もしかしたらすぐにも入院になるかも」・・と言われます

そのあとすぐもっと詳しい検査ができる病院でMR検査をします

検査結果が出るとすぐにその病院からかかりつけのY医院へ電話があり、Y医院からときよしへ今すぐにでも来てくださいとの連絡があったそうです

そしてこれからお世話になっていくO市民病院へ改めて紹介される事になります

1度病気が見つかるとそれまでとは打って変わって病院の連携プレーは早いものでした

でもすでにその頃には検査中ですら辛い程の痛みがときよしを襲っていました

 

 ~初期症状から検査まで~

 2016年10月頃からの「食欲不振」

2016年12月頃から胃のあたりや背中の痛み

診察では少し胃が張っている 胃の張りを抑える薬

2017年1月中旬 腹部CT→ 以上なし

2017年2月初め 胃カメラ→ 食べ物が残ってる(消化していない)

2017年2月初め 腹部エコー→ すい臓に影(この頃からかなりの鈍痛)

2017年2月初め 腹部MR→ すい臓にどうやら腫瘍

2017年3月初め すべてのデータをもってO市民病院へ

 

 

 

 

❸父のすい臓がん闘病生活3月~すい臓がんと特定するまで➊~

私の父「ときよし」は2017年3月にすい臓がんが見つかりました

 

3月に入り、改めてY医院からこれから治療していく病院としてO市民病院を紹介される事になりました

受診当日 麻酔をする検査ということで車が無理だし帰りは適当に帰るから朝だけ病院まで送ってくれないかとお願いされていましたが、私は断っていました。

仕事場から遠いのとその日はたまたまいつもより早く出勤しないといけなかったので・・

・・・最初の後悔です

私には母がいません。そして一人っ子です。父が頼るとしたら私しかいなかったんですが・・

でもお昼過ぎ、少しだけ仕事に空きができたので病院に行きました

行ったものの、そもそもこの病院だったか、、合っててもどこを探したらいいか分からず2階フロアで受付の人に調べてもらっていると

会計に近い窓際の待合の椅子に赤いセーターで目立ったときよしが座っていました

本を読んでいる様でした。

こういう時良く持ち歩いてる「測量」の本でした

私が来るとは思ってなかったので会った時には本人もビックリしていましたがそれよりも痛みがきつそうでした

「午前中の診察終わって、昼過ぎから内視鏡検査行くし、終わったら自分で帰れるけん心配せんでよかよ」

と仕事に戻る様促されました

 

診察、検査、それより、あの痛みを我慢する姿に今まで感じたことのない不安を覚えながらまた、仕事に戻ったのですが・・

仕事場に着いてしばらくすると、病院から私の携帯に電話があり病院に来れるかどうか聞かれたのです

昼からあった仕事は全部キャンセルしてすぐ病院に走りました

(家族を呼ぶってやっぱり普通じゃない)(だいたい病院なんて「薬を飲んで様子見ましょう」って終わるのに・・)

繰り返しそんなことばっかり考えながら運転していました

 

今日だって検査が終われば何てこと無かったと普通に家に帰るはずでした

「すい臓」と聞いた日から危険な病気とは薄々感じてたのに、それでも自分の父親にふりかかるなんて何一つ実感はわきませんでした

 

病院に着いてから内視鏡の部屋まで行くと、検査は終わっててときよしはベッドで爆睡してはりました

私が仕事に戻ってから一人でこの検査に向かう時どんな気持ちだっただろう・・結局こうやって仕事をキャンセルできたなら最初からずっとそばにいてやれば良かったのです

2度目の後悔をしました

こういう時見る寝顔はとっても切ないです

思ったより麻酔が効いててすごい寝てるし看護師さんに強制的に起こされて、落ち着いてから内視鏡の先生の話を聞きました

 

「すい臓がんの疑い」

「大きさで言えば2,5㌢」

「悪性なら放っておけば余命は6か月」

 

見た目は健康そのもののときよしにいきなり突き付けられた衝撃的な言葉でした

でもまだ、ガンが特定された訳ではありませんでした 「今日は確認なので、一度入院してもらって組織を採ってもっと詳しい検査を受けてもらうことになります」

先生の話をときよしと私と駆けつけてくれた旦那の3人で聞きました

旦那は泣いていました。

ときよしは先生に一番近い場所でとてもしっかり聞いていました

 

外は夕方になっていてこの日からしばらくは夕方になると何とも言えない気持ちになる日ばかりでした。

 

 

➍父のすい臓がん闘病生活3月~すい臓がんと特定するまで❷~

 

私の父「ときよし」は2017年3月にすい臓がんが見つかりました

内視鏡検査の帰り、ときよしと一緒に私の車で帰りました

車の中でときよしはほとんどしゃべりませんでしたが自分が「多分」すい臓ガンだと確信していました

検査に行く前に本人なりに調べていたかもしれませんが、やっぱり検査したことでほぼそれは確定しました

娘の私以上に本人のショックは大きかったはずです

昔の人なので「ガン」=「死」と思ったでしょう

 

それと今日の検査がとても苦しかったと言っていました

胃カメラはすぐ終わりますがすい臓の検査は別です

苦しくて1時間弱かかったようです

 

病気は何より検査が辛いのです

 

そして3月23日、24日に検査入院をしてもう一度今日と同じ内視鏡検査をする事になりました 今度は組織自体を採りガンを確定するための検査で、今日より大変です

でも・・検査だけに何故そこまで時間がかかるのか・・その時は私ももどかしい気持ちでいっぱいでした

そうしてる間にもし悪性のガンなら進行するし、転移するかもしれないし他にガンになった人の話を聞いても検査自体そんなに時間はかからなかったと聞いていたからです

ガンというのは出来る場所によってみんな違って違う病気の様です

 

~すい臓がんと特定するまで~

「すい臓の検査は大変!!」

1、エコーやCT、レントゲンなど画像検査

2、内視鏡検査1回目(腫瘍の有無を調べる) 内視鏡(胃カメラの様なもの)で胃を通り越し十二指腸やすい臓まで調べる

すい臓は体の奥にあるので時間もかかり痛みもある

なので眠り薬を使いねむってる間に検査(それでも夢うつつに苦しかったそう)

3、内視鏡検査2回目(組織自体の検査) すい臓にある腫瘍の良性か悪性かを調べる

もう一度内視鏡ですい臓までスコープを持っていきその先端に針を付け腫瘍自体に突き刺して組織を持って帰ってくる

持って帰ってくるのも大変なので針の大きさが大・中・小と有り、病変によっては小の針しか入らない場合も・・そうなるとより組織をとるのが難しく、失敗に終わる場合もあるのでその時はやり直し(ときよしは中くらいの針で無事1回で終わる)

4、採った組織を病理検査に出し良性か悪性かを調べる

※ときよしの場合の検査方法

 

すい臓にできる腫瘍はほぼ悪性だそう 「膵液」というのはとても強い消化液なのでそれに打ち勝つ腫瘍はもっと強い腫瘍でとても質が悪いんだそうです

 

 

➎父のすい臓がん闘病生活3月~手術の日までのこと~

 

私の父「ときよし」は2017年3月にすい臓ガンが見つかりました

 

~手術の日までの家族の気持ち~

痛みの正体が一体何なのか分からない頃よりは検査入院が決まった事で足踏みしていたのが1歩前に足を出せた様な感じがしました。ただ治療に向けて進みだしたとは言え、良性か悪性かも分からない、検査入院でさえだいぶ先、この上手術してもらえるとなったらいったいいつになるのか?いつまで待てばいいのか?ガンが悪性なら大きくならないか?転移しないか?そればかり考えました そして時間がかかるだけに、もっと別に病院を探そうかと考えだします

 

候補の病院を準備しておくのは早いうちがいいと、いい病院がどこなのか自分の身の回りの人にはとことん聞きまわりました

でも病院の評判って人それぞれです

歯医者や耳鼻科など個人病院でも、大きい病院でも・・

 

もちろん参考にはなりますが結局決めるのは自分や家族になるんです

「良くかかってて知ってる病院」

「県内でも有名な病院」

「県外でガンを専門としてる病院」   そして「今のO市民病院」

 

これに絞り今のO市民病院以外に「セカンドオピニオン」をお願いしようと考えますが無知な私は簡単に思っていました

 

セカンドオピニオンも結構時間とお金がかかります

特に時間

今揃ってる検査データをセカンドオピニオンをお願いしたい病院に送ると、データの受付→データが担当の先生に見てもらえる迄→そのあとの初診受付→診察→もう一度改めてその病院での検査・・など最短でも2か月近くかかるんです それでいて先生の診療計画の判断は今の病院と変わらないかもしれない、そこから手術日が決まるのが2か月後・・となると4~5か月後になるかも、病院に空きがなければ手術はもっと遅くなるといった状態です

 

お金は出します(ないくせに)

でも時間は1日も待てません

 

セカンドオピニオンはあっさり諦めました

 

今のO市民病院が何より一番早く手術してくれる事に気付きました

 

 

 

 

 

 

➏父のすい臓がん闘病生活3月~手術の日までのこと❷~

私の父「ときよし」は2017年3月にすい臓ガンが見つかりました

 

病院もO市民病院に決まり、検査入院を待つだけとなりました

じっと待っていられないというのが本心ですが、それまでの間は本人も私もいつもどおりの日常を送りながら検査を待つだけです

 

ただときよしは多分ガンだという事、体調がすぐれない事を会社に隠して仕事に行ってました

今まで腹・背中痛だけだったのがその頃には食べたものを吐いてしまう様になっていて、仕事場は自然豊かな場所だったので誰にも見られない様にお昼ご飯の後は毎回人影のない木陰まで吐きに行っていたそうです

 

夜は私の所に泊まりに来たり、実家で過ごしたり色々でした

 

すい臓がんの疑いが出てからときよしはすっかり落ち込んでしまいました

いつも「ガン」にとらわれ死んでしまう事ばかりを考えていました

 

前向きになって欲しいのですが、どんな痛みか分かってやれず、毎日吐いて苦しいとさすがに励ます言葉には限界がありました

 

そこで長年通っている最初のY医院の先生に励ましてもらおうと考えました。この先生をときよしはすごく信頼してたので、先生の言葉を重く受け止めるだろうと思いました

あれからO市民病院の検査でやはりすい臓がんの疑いがある事を伝え診察してもらいました  その後私と先生の2人の時間を作ってもらい、私は2つの事を先生に言いました

1つ目は「痛いと何度もここに来たのにどうしていつまでも胃痛と言い続けたのか、やぶ医者か」ということ

 

ひどい事を言っているのは十分に解ってるけど・・こういう時私は自分が止められません。ときよしに一度も言ったことはありませんが、この先生に対して心底腹が立っていました。病気は先生が見逃した・・そう思っていました。

 

2つ目は本当の目的の「必ず治ると先生の口から励ましてやってほしい」ということ 悔しいけど私が励ますよりもずっと効果があるんです。

 

診察室から私が出てくると待合で1人待たされてたときよしが「先生と何言いよったと?」と聞いてきたので「痛み止めの事」と言いました。すぐに診察室から先生が出てきてときよしの肩を軽くたたいて「大丈夫」と励ましてくれました。不安そうだったときよしも長年信頼してる先生に励まされてホットしたみたいで、涙をためて「先生ありがとう」と言って帰りました

 

そして帰りの車の中で

「お父さん、多分すい臓がんやけど絶対治して元通り食べれる様になってまだまだ長生きするけん」と私に約束してくれました

 

私も「ときよしにはまだまだやりたい事もあるし、うちも30代の若さで両親亡くしたくないし絶対に治ってもらわなな」

と伝えました

目はキラキラしててお腹の中に病気を持ってるなんて思えない程パワーを感じました

 

ときよしは昔からそんな人でした